鍵っ子と秘密基地 ~昭和62年 春~
今日は雨が降っている。
私は普段、車を運転するときは何かしらオーディオがついています。
溜めておいたビジネスの情報の音源を聴いたり、たまには音楽を聴いたり。
ただ、雨の日に限ってはオーディオをつけることは無いんです。
これはほとんど無意識裡に習慣づいたことですが、今日、車を走らせながら、窓や屋根に当たる雨音に耳を委ねていると、遠い昔のちょっとしたマイブームを思い出した。
私はいわゆる鍵っ子だった。
当時、鍵っ子といえば、デフォルメされて首から鍵をぶら下げているとばかり思われていたが、俺は違う。
学校には首からひょうたんをぶら下げているやつは大勢いても、鍵を首から下げて回るのはみっともない気がして、貰った鍵を犬小屋に隠して登校していた。
学校から帰ると、犬のロンとひとしきり遊んでから鍵を小屋の奥から引っ張り出して家に入る。
ちなみに「ロン」は薄く黄色がかった白っぽい雑種で親父は「ほぼスピッツだ」と言った。
名前は縁起がいいやつにしようと、親父が麻雀の「ロン」から取って名付けた。
「ツモ」よりは絶対ましだ。
鍵を開けて薄暗い家の中に入ると、玄関入ってすぐの六畳の居間でランドセルを片隅に置き、ほぼ映らないテレビをつける。
うちのテレビは12個チェンネルのボタンがあるが9個はほぼ砂嵐で、残る3個はたまに雑音が入ったり、テレビのご機嫌が悪いときは急に映さなくなったりした。
腹ペコで食パンがあればトーストし、炊飯ジャーにご飯があれば、のりたまをかけて食べた。そして、姉のおやつがあれば、たとえ名前が書いてあっても、遠慮なく食べた。
学校のみんなは、放課後になると遊ぶ約束をするが、テレビゲームを一切触ったことがないのは私ぐらいなもんだった。
当時、ファミコンのスーパーマリオが社会現象の大ブームで、公園で野球をしていても最後は自然と誰かの家でゲームになるので、私は皆が夢中になるのを眺めているだけだった。
雨の日の薄暗い部屋でよく映らないテレビを見ながら、飯をかきこむ。
ロンは小屋の中でまるくなっていた。
空腹を満たすと暇を持て余し玄関をあけた。
表情のない低い空からさらさらと雨が降っている。
父の傘をさし青い砂利が敷かれた庭をうろうろと歩き回ったり、突っ立ってぼーっとしたりする。
雨の日の景色は随分と違って見える。
しゃがんでみた時にふと思い付いた。ありったけの傘を開いて庭にならべようと。
びしょ濡れになりながら、傘を開いては庭に置いてまた別の傘を取りにいく。
大きい傘、小さい傘、緑、青、花柄、戦隊ヒーローが描かれた黄色。
傘を並べたり重ねたりしているうちに小さなテントができたので、秘密基地だと中に入った。
基地の中は傘の柄やシャフトが交錯し、とても入れたもんじゃなかったが、身をよじらせて入り、入っては壊れ、どうにかこうにか小さい体を収めたところで、入ってきたところを中から傘で塞いだ。
尻は青砂利に触れて濡れてしまったが、顔を上げるとそこには色鮮やかな空があった。
緑や青、花柄に戦隊ヒーローまで。
かすかに透けた傘の裏側には弾けた雨粒がすいすいと滑り落ちていく。
雨音でさえ色を帯びた。
パラパラポツポツタタタタといろんな音がリズミカルに繰り返し重なり合い奏でる。
雨音踊る小さな秘密基地で父、母、姉の帰りを待った。